人と競う事より自分自身と競うのが好きみたい。
今までは偶然的に土俵があって競い合う人がいたんだけど、常に思っていることってその時々でそこで勝負している自分がいる。
まあ、勝負と呼べるかどうかは別問題として、常に置かれた立場で頂点を目指している自分が必ずいた。
人から見ると本当にどうでもいいような事に対してこだわってみたり追求してみたり。
(でも、そこがいいところだと自己満足、笑)
そこが楽しい。
永ちゃんの言葉を借りれば「成り上がり」だ。
成り上がりといっても永ちゃんとはスケールも違う。
だた、それはあくまでも一般的な目線であって個人的には決して引けを取っていないと自負している。
(この辺の思い上がりも重要な要素の一つだね、笑)
そこで成り上がれば、土俵を変えるか目標を再設定かのどちらかだ。
今までは土俵を変えた方が多数であった。
振り返ってみるとその気持ちがない時もあった。
その時はやはり全く面白くなく早々にその場を離れた。
一時期、その辺の選択が早くて悩んだ時期もあった。
こんなことをこんなに簡単に決めちゃっていいのかなぁーとか。。。
でも、ある人に言われたことが非常にありがたかった。
今までの経験を全て駆使して決断して一瞬で判断できるのがお前だと。
そして、それを実行に移す素早さ、行動力も持ち備えている。
通常の人だと決断までのプロセスが長く決断しても実行できないとかが多いが、お前の場合はそこが長けていると。
自分自身ではそこまで深く考えていないように感じていたが、結果をみると全て(ほとんど)が好転している。
運という言葉で処理していたんだが、なんとなくそう言ってくれた人の言葉が妙に納得出来るようになった。(確かに運も大きいと思う)
きっと、その時々で常に自分が気持ちがいい状態でいたいのだと思う。
一度、生意気ながらその方に意見したことがある。
そんなにお金持ってて何に使い何処を目指すのですか?と…。
すると、”そこなんだよ”…だと。
今までは追いつけ追い越せで来たけどふっと考えると、
確かにお金はあるが、お金にはキリがない。
そして今のお前を見ていると人生を謳歌していて羨ましいと…
お前を見てると、哲学じゃないが ”人生とはなんぞや?” を考えると。。。
(たくさんいい言葉があったがだいぶ省略)
なんで俺ってどこでも生きていけるんだろう(馴染むんだろう)って考えていた。
言葉だって通訳さんからみると???だよ。
だから全てにおいて必死だから相手にも伝わり理解してもらえる。
そこには、利己的な気持ちが皆無だから相手にも歓迎されるのでは?と。
(自身が気持ちいいことは利己的とは違うよね)
あと、人って嫌悪感を抱くと表情が一瞬変わるらしいの、これ研究結果も出ていて特に脳性麻痺の人が長けているらしいの。本人は意識していなくても嫌悪感が存在意識としてあるから本人は分からないらしい。特に脳性麻痺の人ってそうやって思われる場合が多いんんだよね。(嫌悪感と驚くのは別みたいですよ)
俺ね…この一瞬の表情変化を…見逃さないのね、ちゃんと分かるの。
これも、障害者になって得た能力。(本当にちゃんと分かるよ)
眉間にシワが一瞬寄るんです。
高速度カメラで調べてようやく分かるレベルだそうです。
悲しい現実だけど、PTにもいたんだよ。。。
最初の頃、これが非常に辛かった。。。
後から、いくら口で良いこと言っても分かっちゃうの。
だから、俺。。。
嫌いな人と好きな人とがハッキリするの。
嫌いな人と好きな人とがハッキリするの。
その辺からなのかな?嘘みたいだけど本当に直感でわかるんだよね、利己的な考えのある人って。
いくら口で上手いこと言っていてもね。
利己的な考えの表情変化は知らないんだが…
利己的な考えの表情変化は知らないんだが…
これもきっと僕の特技というか、能力の一つなんだよね、きっと。。。
よく言うよね、言葉などが未発達だとそこ以外が発達しないと生き延びることが出来ないって…
おそらく、俺はその分類に入るのだろう。。。
色々と右往左往した内容ですがなんかフッとこんなことが頭をよぎったので言葉にしてみました。
本日もご覧いただきありがとうございました。
多謝、羽根。
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